ビジネス英語って、なんなの?−−普通の英語とどこが違うの?
普通の英語とビジネス英語とはどこがどのように違うのか。これが今回のテーマです。
ビジネス英語は学校などで教える「普通の」英語と比べて、あきらかに違う、大きなニーズがあります。それなのに、「ビジネス英語とは何か」ということになると、たいていは、教える方も教わる方も各人が自分なりのイメージを抱いている程度です。だからこそ会社勤めの人を集めて英語を教えているだけなのにビジネス英語のコースと銘打ったり、あるいは、実務経験のない人が堂々とビジネス英語の本を書くといったことが行われているわけです。もっと悲しいのは、大企業での英語研修もたいていは実施する方も格別ビジネス英語に対してこれという見識がないことを反映して、講師が勝手なことをやっており、結果として費用の割に実りがないことです。
それでは、その「ビジネス英語っていったい何?」ということになるかと思いますが、私自身は、第1に単語での違い、第2に文法における違い、第3に、アプローチにおける違いがあると思います。
第1に使われる単語が違うというのは、ビジネス英語の世界でだけ使われる単語があるという意味ではなく、普通の英語と比べ、「会社」「資金」「金利」など一定の単語の使用頻度が格段に高いという点です。新聞の経済面を思い出していただければわかると思いますが、高度の専門用語は別として、日本語でも英語でも「ビジネス単語」として取りあげられるものは、ビジネスの世界でしか使わない単語というのは例外的で、むしろ普通にも使うけれど、ビジネスの世界だとやたら多く使われるという単語です。言い換えれば、一般英語の世界の単語のうち、ビジネスの世界でより多く現れるものがビジネス英単語ということになります。その意味で、一般英語+専門用語=ビジネス英語という図式で捉えるのは皮相的な見方だと思います。
また一口に単語と言っても、名詞や動詞の別があるわけですが、一般に普通の英語においては、動詞より名詞の方のウェイトが大きいとされていますが、ビジネス英語の場合は、アクションが中心なので、名詞より動詞の方が重要だという特質があります。実際、ビジネスライティングでは、名詞を使うと単語数が増えるし、平板になるので、We are a manufacturer of X.ではなく、We manufacture X.と書け、We have made a decision to enter the Korean market.と書かず、We have decided to enter the X market.と書けと教えるぐらいです。
第2に文法における違いがあるというのも、ビジネス英語独特の文法があるという話ではなく、ここでもビジネス英語を使いこなすうえで特に慣れていなければならない文法事項があるという意味です。例えば、あとでも触れますが、仮定法はきわめて重要です。交渉といった場面では、互いに仮定法を通じて、いわゆる「すりあわせ」をするからです。しかも、6月6日の「仮定法は3パターンで十分」という記事(http://tottocobkhinata.cocolog-nifty.com/bizieizakkicho/2005/week23/)で書いたとおり、使われるパターンは限られています。また、普通の英語ならニュアンスに合わせた動詞を選んでメッセージを組み立てるのに、ビジネス英語の場合は、ニュアンスの調整はもっぱら助動詞の役割となり、その分、助動詞をつかいこなすことが求められます(その代わり、おぼえるべき動詞の数は少なく済みます)。
第3にアプローチが違うというのは、例えば、話し言葉なら、正確に話すことが要求されるのに、ビジネス英語では、正確さもさることながら、むしろ、状況に合わせて的確に言いたいことを伝えられるかがより重視され、このことから、状況別の定型的言い回しを使いこなせるかがポイントになります。
★ ビジネス英語固有のアプローチ
ビジネス英語とは何ぞやという問いに正面から答える文献は少ないのですが、Mark EllisとChristine Johnsonの共著、Teaching Business English (Oxford University Press)は、Sense of purpose, Social aspects, Clear communicationの3つを特質として挙げています。
Sense of purpose(目的意識)というのは、営利を追求するという事業目的との関係で手段として位置づけられるということです。ビジネス英語の場合、長期的取引関係の維持、技術情報の伝達、経営組織の運営といった事業活動上の手段を支えるツールとしての性格が強く、こうしたことから、使われる英語も何かを成し遂げ、人に何かをしてもらうための言い方が多くなると言います。同時に協議ないし会議の場で使われる英語のトーンも、わたしはこう思うといった主観的表現よりは、This is a positive point. On the other hand, the disadvantage is...(この点は評価できます。他面、デメリットは…)といった客観的なもの言いが多いとされます。
Social aspects(他者との接触・交流という側面)は、外国人とつきあい、取引していく上で必要となる英語だという側面を指しています。それまで面識のなかった人やつきあいの薄かった人とのコミュニケーションの開始を起点に、良好な関係を、しかも、それでいて節度をたもった関係を築きあげながら、無駄な時間をかけずに取引を進めるわけですから、社交辞令のたぐいを含め、定型的なものの言い方が独特の役割を担っているということです。
Clear communication(明確な意思の疎通)が意味するところは、誤解が生ずるリスクを避けつつ、迅速にやりとりするため、as a result(この結果)、for this reason(こうした理由により)、in order to(何々するために)といった、そこでのロジックを明確に示すためのフレーズが好まれ、また、ひとことで言い表せるcash with order(代金・送料前払い)といった専門用語ないし符牒が多用されるということです。
こうした枠組みを念頭におきながら、この本は、同じ英文法でも、普通の英語に比べて、交渉で使う仮定法あるいは見通しを言い、丁寧さを醸し出すための助動詞の用法が大きな役割を果たすと言っています。
またビジネス英語のコースを考える上でも、会議、プレゼン、普段のつきあい (socializing)、報告書作成といった分野別のスキルが身につくように計らう必要があると説いています。
内容についても、同書は、以下の事項を口頭であるか、書面であるかを問わず、英語でこなせるかが問われるとしています。トレンドの変化などを説明できるか、品質、製品、プロセス、長期戦略を説明できるか、ものごとを比較するときの言い回しを知っているか、因果関係を説明する言い回しはどうか、ものを勧めるときの定型的な言い方はこなせるか、そして、英語で同意したり反対したりするときの言い方をわきまえているか、の諸点です。
★ 分野別の習得のポイント
まず全般的な話として、ビジネス英語はアメリカ英語であるべきか、イギリス英語であるべきかを気にする人がいますが、これは無用の心配です。ビジネス英語では、英語を母国語としない人どうしが英語を使ってやりとりする場合が多いわけですが、互いに相手の英語がどの種類に属するかなど気にしませんし、そんなことが問題にならないほど限られた単語と限られた構文で用を済ませているからです。
ここに実はビジネス英語の本質に関わる重要なポイントが潜んでいると思うのですが、ビジネス英語で大事なのは、「言いたいことを、この方面で受け入れられており、したがって通じやすい単語や構文で確実に相手に伝えられるか」ということであり、時制その他が正しく使われているかはニの次だということです。文法がどうでもいいと申しあげているのではありません。ただ、普通の英語の世界とは違うpriorityがあるという話です。
ですから、ビジネス英語のコースも、どういったコミュニケーションが典型的であり、学習しようという人々にどういうニーズがあるかを見きわめた結果として、通常、電話、会議、交渉、プレゼン、そしてライティングという区分を設け(be208の6科目はまさにこのことの反映です)、その上で、各分野において多用され、したがって通じやすい単語や言い方を教えるというアプローチをとっています。
それでは電話など分野別のスキルを習得するポイントを紹介しましょう。
[電話]
電話のやりとりはきれいにステップ別に分解することができます。英語でかかってきた電話を想定してください。ステップは次のようになっています。英語でその電話を受けられるか否かを相手に伝える(つまり、駄目なら、Excuse me, I'll get an English speaker on the phone.または、I'll get someone who speaks English.と言ってから代わってもらうということです)。次に、受けられるとして、本人にとりつぐかメッセージをとるというステップに移ります。そして、各ステップごとに使う言い回しは決まっています。和英辞典を引き引き、いろいろな言い方を考えるのは非効率もいいところですし、何よりも、相手に通じないことが多く、コミュニケーションになりません。
[会議]
会議が意見を出し合い、集約していく場である以上、自分の意見はこうだと伝える言い回しに加え、その強弱のニュアンスを伝えるスキルが求められます。また、他の人の意見に賛成するのか、反対するのか、全面的なのか部分的なのか、条件的なのかを言えなければなりません。なお、こうした「会議」が必ずも会議室でだけ行われるものではないことにも注意を向ける必要があります。廊下の立ち話で、あるいはランチの席で、賛成だ反対だとやっていることも多々あるわけで、そういう場面でも"meetings skills"ないし"meetings language"が活かされているのです。
[交渉]
交渉は結局、当方の主張と相手の主張のすりあわせをする場であり、その場合、仮定法を使ってのやりとりを通じて落としどころを探るという展開になります。
しかし、いくら「交渉英語」の達人だからと言って、それだけで交渉が何でもまとまるはずもありません。プレゼン同様の非言語的要素がものを言いますから、そこを勘違いしてはいけません。ただ、この点は、ビジネス英語の守備範囲を超えるので、この分野のバイブルであるRoger Fisher, William Ury, Bruce PattonらのGetting to Yesをお勧めするにとどめます(この本の受け売りでしかないセミナーに何十万円もの参加費を払って参加する人々がおおぜいいることからも、「バイブル度」がわかろうというものです)。
[プレゼンテーション]
プレゼンの基本構成は、Eメールの書き方のシリーズでもお伝えしたとおり、Tell the audience what you're going to say. Tell them. Tell them what you've said.(あらましを伝える → 伝える → 何を伝えたかのおさらいをする)というものですが、これをきちんとこなすためには、発音の練習が必要です。ごまかしがききません。
発音と言っても、個々の単語さえうまく発音できればいいというものではなく、thought groupと称される意味上のかたまりが発生上もきちんと区切られており、かつ、全体のメロディーラインもセオリーどおり下降調を原則とする必要があります(本誌のと5月12日号13日号にリスニングの基礎知識ということでコツをまとめてあります。
こうしてきちんと構成し、発音の練習をした上で本番に臨めば、「で、あの人何を言いたかったの」と言われるようなことはまず避けられますが、効果的なプレゼンとなると別問題です。
と言いますのも、プレゼンが所期の効果をあげる上での要素は、言語的要素が1割、ボディランゲージ等の非言語的要素が9割と言われているだけに、聴衆とのコミュニケーションを確保するためのeye contactなどのdeliveryと言われるスキルが大きな役割を果たしているからです。(実は私自身はこういった芝居がかったことが苦手なので、慶応義塾外国語学校でのbe208コースでも、演習編はネイティブの同僚講師に任せています。)
形式と内容の両面にわたって、プレゼンのスキルが具体的にどういうものであるかについては、実践英語コミュニケーション塾が要領よくカンドコロをまとめており、便利です。長い間英語で仕事をされてきた方がご自分の職人芸を惜しみなく公開しているのですから、是非ともまねすべきだと思います
[ライティング]
ライティングの構成および内容については、これまで何度かビジネス英語雑記帳の記事としてお届けしていますが、Eメール時代ゆえ、単刀直入に用件に入り、理由その他の説明はあとから、という定型的な書き方がますます幅をきかせていることに目を向けるべきです。最初の部分を読んだだけで、そのメッセージが何のことかわからなければなりませんから、メッセージの途中や最後になって、「それと、もう一つ」とやるスタイルは避けるべきです。
以上を通じて共通するのは、先にSocial aspectsで取りあげた話に通ずることですが、不特定多数の人が関与する世界で秩序正しくものごとを進めるためには節度というものが要求され、フォーマルな言い方を意識的に習得する必要があるということです。
アメリカ人の同僚がいつも机の上に足を乗せて、汚い言葉でだらしなく話しているからと言って油断してはいけません。こういった人も本社からの偉い人が並ぶ会議の席ともなれば豹変し、If I may I come in here, wiith all due respect, I believe...(「ちょっとよろしいでしょうか。僭越ではありますが、私思いますに…)などとやってのけるのです。問題意識のないまま、いつもスラングでおしゃべりしていた日本人がひとことも発言できないで終わり、馬鹿に見えるのはこういうときです。
★ これからのビジネス英語雑記帳
このブログは4月11日にスタートしましたが、その週のアクセス(トータルアクセス)は、最低が13、最高が336というもので、合計が753。それが3ヶ月を経た今、おかげさまで、週あたり6000とか7000になりました。
記事別のアクセスで見ると、「Co. LtdとIncの意味の違い」だとかEメールの書き方といった具体的なものに人気が集中しており、来られる方々の問題意識がストレートに出ている感じです。
そこで、これからは上で説明したビジネス英語の特質を踏まえて、すぐ役立つツールの提供に力を入れていこうと思います。具体的には、比較するときの英語、自分の発言を強めたり弱くする英語という具合に、実際に英語を使って仕事をしている人がコミュニケーションの道具としてすぐ実践の場で使えるようなものをということです。これを通じて、これから普通に英語を使って仕事をしていこうとする人々も、何を習得しなければいけないのかがわかることでしょう。
なお、こういう役立つ記事をただで公開しているのはもったいないという声も寄せられますが、出版社が最大のマーケットであるビジネス英語初心者ばかりに目を向けていること、間隙を縫うように、わけのわからないビジネス英語本がいくらでも出版されていることを考えると、ビジネス英語の世界で当たり前とされていることを紹介し続け、諸外国の英語の使い手と互角にわたりあおうとしている人々を積極的に手伝うべきだ、それが自分の役どころだと思っています。おおげさに言えば、大義をつらぬくためにやっていることですから、これでお金を頂戴しては罰があたります。

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コメント
コメントへのお返事中での、「ビジネス・ジャパニーズ」を英訳してもビジネス英語とはならない、その差が何であるか、というお話を拝見して、ちょっと興味を惹かれました。
どちらも「ビジネス言語」ではあるわけで、手がかりとして、まず逆に両者に共通している点は何なのかということを思ってみたときに、自分なりになんとなく考えたことは、どちらも「責任を回避するための言語」ではないかということです。
本来であれば「責任を果たすための言語」という解釈になるのが自然なのだと思いますが、もちろんそれもまた正しいとは思いますが、乱暴に言いますと(というわけでこの説は乱暴さをずいぶん含みます)、ビジネス言語とは「なにかあったときに、いわれのない責任が自分に押し付けられるリスクを回避するための知恵で構成された言語」なのではないでしょうか。
その回避方法というのが、欧米においては例えば「私はこのとおり、自分にとって正しいタイミングで、自分の職務の範囲で正しい判断を伝えました。」という証拠を残すということであるのに対し、日本においては「私はこのとおり、相手(しばしば関係者全員)にとって正しいタイミングで、相手にとって妥当な指示を仰ぎました。」という証拠を残すということなのではないでしょうか。まあ、ある意味、整理としては陳腐なのですが。
ですから、伝わりやすくするためのテクニックや、コミュニケーションを円滑にするギミックなどは、両者に共通できると思うのですが、背景にある責任のとりかた(心配のしどころ)が異なるために、単に日本語を訳しても意味が通用しなくなってしまうのではないかと思いました。
いまひとつは、日本のビジネス言語はしばしば説明・説得の根拠の部分に、その書き手の熱意や気持ちというものが透明に混じり込んでいる気がします。それは結局ラブレターみたいなものであり、「こんなに好きだから私の気持ちをどうか受け入れてほしい」みたいな文章は、ビジネス英語の体裁・文脈には収まりにくいということもあるように感じます。
ところで、もともとのご指摘のお話は「ビジネス・ジャパニーズ」を英訳した場合の考察についてですが、「ビジネス・イングリッシュ」を日本語に訳した場合には、それなりにビジネス日本語として通用する(してしまっている)気がいたします。これについてもちょっと考えてみたら面白いのではないかと思いました。
[返信]
卓見にとんだご意見、考えさせられました。ありがとうございます。
日向
投稿: th | 2005年8月 4日 (木曜日) 午前 04時39分
ビジネス英語と普通の英語の違い、面白く読ませて頂きました。欧米企業で20年近く働き、3年間アメリカでも生活しましたが、日本語でも、日常使う日本語と客先や会議などで使う日本語は違いますが、そういう感じで、英語も使ってきました。両者をそれほど意識することなく...でも、専門家からは、こういう違いがあるんでしょうね。大変参考になりました。
[返信]
おもしろがってくださったようで、よかったことです。
自分でも最近、感じているのですが、「ビジネス・ジャパニーズ」を英訳してもビジネス英語とはならないわけで、その差が何であるかをずっと考えています。
日向
投稿: ym | 2005年7月30日 (土曜日) 午後 06時52分
>ビジネス英語における水準を示し続け、諸外国の英語の使い手に負けない使い手になろうとしている人々を手伝うのをやめるわけにいきません
ウェブログの可能性を感じる一節です。
個人的には大局的な視点からの御高説も興味深いのですが、ともかく今後の活動もますますご期待する次第です。
エントリーへの動的リンク、活用してください↓
(*´д`)ノhttp://library.jienology.com/archive.php?class=183
[返信]
貴図書館の蔵書が増えるよう執筆に励みます。ときどき、土日ぐらいは休もうかなとも思うのですが、なぜか明け方になると体が書いています。アクセスが右肩あがりなので、何か催促されているようで。
アクセス解析を見ていると、貴図書館からの来訪者が増えています。ありがとうございます。
日向
投稿: ウェブログ図書館 館長 | 2005年7月30日 (土曜日) 午前 09時11分
いつも楽しく読ませていただいております。個人的には「Co. LtdとIncの意味の違い」といったような実践的なテーマと「テーブルマナーの流派の違い」といったコラム的な読み物の2種類が気に入っています。前者のようなテーマは,あまり,他の英語の書籍や教科書では取り上げていないものが多いので,とても勉強になっています。特に,Co., Ltd.だとばかり思っていたので,結構ショックでした。また,後者のようなコラム的な読み物は,他では読むことのできないテーマばかりなので,小生にとって,仕事で疲れたとき読むと,絶好の息抜きとなっています。これからも楽しみにしています。
[返信]
励ましてくださり、ありがとうございます。実践的なものと比べ、種切れの心配があることから、コラム的なものの方は、どこまで続けられるのかと不安があります。でも、ご期待にそうよう、がんばります。
日向
投稿: 須山 | 2005年7月30日 (土曜日) 午前 08時54分